祈りの積み重ねから人は、聖霊のお働きの「実」をいただくようになります。
そういう「実」の一つは、心がとても静かで安定し、平らかさが保たれるということです。
たとえば、池の水面に葉を広げるオオオニバスという葉がありますが、その葉のように心が平らかに伸びます。
オオオニバスが人を乗せても不動でいるように、聖霊の「実」として平らかさの達成を得ている人の心は、安定して不動です。
そもそも人生において、緊迫を感じたとしてもあわてる必要は無いのです。
神様が、私の認知以前にすでにそれをご存知だからです。
また、大きな課題が課せられたという場合でも、あるいは、厄介な課題が現れたという場合でも対処の仕方は、種々見つかるものです。
聖霊の「実」を与えられて人は、そういう課題に落ち着いて向かい合うことができます。
対処することは簡単ではないのですが、自分にゆとりを与えながら、いろいろな策を思い巡らします。
などと、誠心誠意の対処の道を探すことで、きっと落ち着いてやり通せます。
心理的に不安や、心配や、苦痛を招きそうな状況に直面することもあります。
人間ですから、心の動揺は起こります。
一生懸命祈ることが必要です。
しかし、聖霊の「実」をいただいているならば、遠からずしてその事態を受け入れられます。
受け入れたうえで、その状況下で自分のなすべき仕方を真摯に探します。
暮らし方に大きな変化を生むことさえ受け入れながら心の動揺の鎮まりを得つつ、自分のできるより良い足取りを辿るに至ります。
その他さまざまな心の揺れや浮沈に見舞われつつも、聖霊の「実」に支えられることで、早いうちに静かな平らかさが回復されます。
人間としての気品や尊厳が保たれる傾向が大きいです。
そればかりでなく、さらに次の利点も恵まれます。
それは、そのような心の状態において行く先の計画を立てたり、行動選択をしたりするとき、地に足の着いた上質な計画と選びを達成し易いということです。
このように、落ち着いて平らかな心で人生に対処する生き方は、人一倍、人生の豊かさへと向かうものとなります。
繰り返しになりますが、以上の「心の風景」が得られるために、祈りを絶やさないことが求められます。