まだ、寒気の厳しい季節。
風をさえぎった所で、上手に陽光を取り込みます。
そこは、冬から抜け出たような、日だまり。
その中で、全身に陽光を浴びます。
陽光は、私に注がれる神様の愛情のようです。
気候の良いおりに早朝など、爽やかな空気に身をさらします。
肌に触れる空気のありがたさ。
それが、そよ風として触れて通ってくれれば嬉しさもひとしおです。
この爽やかな空気やそよ風も、神様の優しさへの感動を招きます。
強風や厳しい冷気に出会う、神様の真剣さに触れます。
今度は、水。
新鮮でまた豊かな量の水で、顔や体を洗います。
今までくすんだ感じであった顔や体の表面に爽やかさが戻ります。
そこから、気分までが生き返る感じです。新鮮な水の嬉しさ、尊さ。
体を洗ったあとも爽快感が続きます。
肌に新鮮さを取り戻した感じが続きます。
その新鮮さのありがたさから、神様に感謝せずにいられなくなります。
たっぷりの水量の湯船に全身をひたす。
滑らかに肌をつつむ清らかな水。
清められ、温められ、包まれる至福な感覚。
神様からの賜物に感謝できます。
「自然」を少々延長してみます。
肌をつつむ自然素材の布。
つまり、下着やタオルや毛布。
それが、柔らかでふくよかなときは、素敵です。
ロマンチックな気分さえ誘います。
神様に感謝できます。
住まいに取り込まれた木のありがたさ。
テーブルが、鉄でもなく、アルミニウムでもなく、ガラスでもなく、木であるとき。
撫でてさすっていたくなる時があります。
床もまた、石やセメントやあるいは合成の建材でないありがたさ。
木で囲まれることは、体と心に、えも言われない安らぎを届けてくれます。
神様の優しい手が届いているかのようで、神様に感謝したくなります。
肌に触れる自然の恵みからは、おもに感謝を神様に捧げて祈れます。