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沈黙の泉(原題:One Minute Wisdom)

アントニー・デ・メロ/著
古橋 昌尚/訳

出版 :女子パウロ会
初版 :1989年4月
サイズ:四六判

定価 : 1,836円(税込)

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本書には、さまざまな導師と弟子(ないし世の中の人)との対話形式による218の小話が収められている。
ひとつひとつの話は、【神と出会うこと】について、【より霊的に生きること】について、【愛すること】についてなど、を直観的に発見しようとしている。
読者は、不思議や謎と出会いもするが、またしばしば、はたと膝を打って、目が開かれる興奮も得る。
繰り返しひもときたい本である。

さまざまな導師と弟子ないし誰かとの、対話形式の218の小話が収録された本書は著者によれば「自ら悟りをひらくようにと意図されて書かれたもの」で、「その紙面には…活字にではなく、物語の内にでさえなく、その精神、その雰囲気、そのムードの内に…人間のことばでは伝えることのできない《知恵》が隠されている」。
では、著者の言う悟りとは何か、知恵とは何か。
特定の宗教によらない表現をするなら、言葉・心・精神の沈黙のうちに、つまり特定の欲求や関心に限定され制約されることなく、無制約に開かれた感覚と心と精神をもって、「現実」に対して目覚め、気づくことが悟りであり、その現実に対して繊細かつ適切に応対すること、そうした応対のなかで柔軟に変化していけることが知恵である。
著者が「”知恵”とは驚くなかれ、ことばではない現実、ことばの及ぶことのできないところに在る現実に気づくことによってのみ、別の人間へと変えられてゆくことである」と言うのはそういうことだろう。
またカトリック的に言うなら「受肉の神秘」を、神の愛と真の自己を悟り、受肉の神秘が浸透した世界で、人と、また人以外の万有と適切に応答する愛に生きる知恵をいただくと言えよう。

全体は7章に分けられ、内容的に章ごとに大きく異なるわけではないが、だいたい章が進むにつれて聖性の度合いが深められるようになっていると思われる。
第1章では、沈黙と孤独のうちに自身の心のうちに還ること、第2章では何かにしがみつくのをいっさいやめて現実と直面すること、第3章では妄想と執着を手放して真の自己認識と神認識を追究すること、第4章では真理と実在を探究しつづけながらほんとうの意味で生きること、第5章では日常の中でますます神の命に与りつつ生きること、第6章では日常の中での観想を深めながらさらに成長しつづけること、第7章では完全なる離脱の方向性、天の父が完全であるように完全な愛に生きる方向性が示されている。

「わたしは真理について証をするために生まれ、そのためにこの世に来た」「わたしは道であり、真理であり、命である」と言ったキリストの僕・弟子・友として、著者は読者を真理に招くが、理知(理解と判断)よりもむしろ感覚(経験)を”問いかけ―閃き”といった人間の営みについてよりも、”経験―応答”を言葉よりも間主体性を重視しているようだ。
愛は、知るものである以上に実践され生きられるべきものとの考えによるのであろう。

著者の諸著を通じて、祈りといい、悟りといい、愛に到達して愛に生きるという方向性は一貫しており、それは本書も例外ではない。
しかし、前著『心の泉』と本書『沈黙の泉』は邦題はどちらにも「泉」がつけられているため、兄弟のような2冊に思われるかもしれないが、この2冊においては大きな変化ないし差異があるように思われる。
ひとつには、『沈黙の泉』の世界には「歴史」がまったく抜けている。
人類の救済史、個人の救済史について洞察を得ようとはしていない。
歴史がないから、「受肉の神秘」についてもその歴史性の理解には開かれていない。
著者はおそらく創造―被造という関係性についてはこれを重視しているが、創造についても歴史性とは遮断されている。
歴史性の後退は、著者最後の(?)瞑想集『ひとりきりのとき人は愛することができる』までつづく特徴となる。
二つには、精神(知性と理性)への配慮が文章の背後に退いてしまっている。
真理を悟り、真理を生きるよう導くのだから精神を無視できるわけはないのだけれど、経験と洞察の間の精神の働きについては表立って何も書かれないから、読者が、本書を通じてみずからの精神を発見し、精神の根底で神を知るということには導かれがたいと思う。
知的神秘主義ではなく経験的神秘主義といった傾向は著者には初めからあるものの、その度合いは本書を境に強まっていくように思う。

いずれにせよ、本書には愛がいっぱいあふれている。
「初めに言(ことば)があった。・・・万物は言によって成った。
成ったもので、言によらずに成ったものは何一つなかった。
....言のうちに命があった。
....言は肉となって、わたしたちの間に宿られた。
....わたしたちは皆、この方の満ちあふれる豊かさの中から、恵みの上に、更に恵みを受けた」というヨハネによる福音書の言葉を精神と心に留めつつ幾度も読み返したい、『沈黙の泉』(One Minute Wisdom)はそんな本に思われる。