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新しさから新しさへ

祈りが積み重ねられ、神様との交わりが深まっていると、神様に似ている性質が私の中に形成されます。

そういう神様に似ている性質の一つに、神様の「新しさ」に似るということが恵まれます。

神様は、あふれる”いのち”のお方として、日々新しい”いのち”に現れ出ておられます。
神様との深い交わりによって、人もその”いのち”を分けていただきます。
一晩の睡眠によって翌日は、身体的にも新しい生き生きした活力の人に現れ出ることができます。
意識や精神もまた、新しく現れ出ることができます。

新しい日には、前日とは異なる新しい要素が、たくさん現れ出ています。
新しい意識と精神を恵まれている人は、それらの新しい要素を多く感じ取ります。

庭の草木も、一日でなんらか新しみを見せています。
関係している人も、心・頭脳・身体に(たとえごく微少であっても)なんらか新しみを加えています。
それらの新しみをよく感じ取って、この新しい日に、なんらか新しい見方を加えます。

そもそも、この当人自身が、心・頭脳・身体の全領域において、新しい要素を受けています。
その新しい要素をいただきながら見たり、聞いたり、考えたりするのですから、当然にいろいろな物事に新しい見方や取り組み方を生み出します。

時の感覚としても、一日の単位どころか、極端な言い方をすれば、毎瞬々々新しさを感じ取ります。

  • 肌に感じる風の感じが違って来た
  • 鳥たちの鳴き方が違って来た
  • 雲の形が違って来て、太陽の光の届き方が違って来た
  • 話し相手になっている相手の人の気持ちが違って来た

などという感じ取りは、数分の単位のうちに現れている新しさの感じ取りです。

もっと多くの要素が絡まり合った人間関係については、もう少し長い時間単位で追いますが、新しい動きになることは、たえず発生します。
当人自身が、新しくなっていればいるほど、身を置くその関係における新しさをよく感じることができます。

終わりに加えるべきことは、この新しさは、「より豊か」とか「より良い」とかいう、喜ばしい、創出的な、方向の「新しさ」です。

神様の「新しさ」に生かされている生きとし生けるものの「新しさ」をたえず感じ取って生きるわけです。