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日常でのサダナ

初めてサダナで瞑想を体験したとき、私はこれだ!
と、思いました。
不安にとらわれ、マイナス思考に陥りやすい傾向が悩みでした。
安らいですごせたらどんなに良いだろうと願っていた....その平安が、神父様の導入に従って瞑想に入りますと、やってきたのです。

今までも瞑想の手ほどきを受けた事がありますが、いざ一人で試みると、雑念が入ってきて集中できず、難しいのでした。
ところが、<ヴィバサナ>(自分の身体の各部位を意識していく瞑想)をしますと、いつもの雑念から解放され真の自分の深みに入れるようで嬉しく、その快さに家でもしていきたいと思いました。

毎日時間を決めて神父さまがいわれたように、頭から肩、腕、身体の中心部と意識を移していきますと、そのとき実際に起きている苦しいこと、気がかりなことから解放されるようで落ち着くのでした。

サダナは「神への道」という意味とうかがっていましたので、『神さまに行く道になりますように』と、願って入ります。

タイマーを30分にセットして始めたのですが、途中で集中できなくなるようで、20分にしてみますとうまくいきました。
けれども次に続けて聖書に入りますと、そこで集中が途切れてしまうようで、今度は15分間ヴィバサナをしてから、聖書に入るようにしましたら、うまくいくようになりました。
このやり方ですと、聖書の世界に今までよりずっと臨場感を持って、入れるようになった気がします。

長いことイエズス様は、頭のなかの存在でいらしたようで親しくさせていただく方法がわからず、ずっとずっと求めていました。
サダナに出会ってイエズスさまは、身近な、なんというか身にしみて感じる存在になってこられました。
私はそれがとても嬉しいのです。
今では、家で<ヴィバサナと聖書をする時間>がかけがえのない大切なときとなりました。
(自分のこの変化に驚いています)

サダナの時間をもつようになって私は、以前より落着いて物事を受け入れ、人との関わりも深みをましたように思われ、しみじみ嬉しく感謝しています。

神父さまがご指導くださる合宿のサダナは、力強く、至福のとき、恵みのとき、憧れですが、日常での私はこのようにしてサダナの恩恵をいただいています。
サダナに出会い、導いていただいたことを心から感謝せずにいられません。

(神奈川 60代 女性)