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私は歩いている

鎌倉時代に明恵というお坊さんがいてお釈迦様が大好きで慕って慕って生き抜いたらしい。
そういう人がいたというだけで私はうれしかったし安心した。
なんだかよく知らなかった日本の仏教に安心した。
彼は「自分のやり方を深めなさい」と人に勧めたらしい。

ダライ・ラマという人もあるところで
「あなたの宗教を変える必要はありません、自分の場で自分のやり方で深めなさい」
と、おっしゃっていた。
それっきゃないと思う。

自分がキリスト教徒なのは何故なんだろう、と考えてた時、『パッシオン』という映画を見に行った。
その中でキリストが「出会ったのだよ」とおっしゃっていた。
そうだよ、幼稚園の時だったのだ。

私のダーリンはカトリックだけど仏教が好きなので四国のお遍路をやりたいといって休みを何度か使って半分ほどまで”歩き”で巡った。
巡礼から帰ってきた彼には気魄が満ち充ちていてびっくりしたものだ。

明恵さんのお釈迦様ほどではないけど私はキリストが好きだ。
惚れている。
家の中の問題がなんとなくひと段落着いた時、私はサンティアゴに歩きに行きたくて行きたくてたまらなくなり出かけることにした。
私はダーリンではないから四国ではなくてスペインなのだ。

巡礼はとても楽しかった。52日もかかってしまった。普通は30-40日ぐらいらしい。
適当に休んだり、体調の悪い時は交通機関も使ったりした。

たった一人でまったく知らない道を行くというのはわくわくするほど楽しい。
出会う人達も用意されていたのではないか、と思われるほど。
その時の自分にふさわしい人達が現われ、私の言葉を引き出し聴いていてくれた。
終ってみて やっと今までの人生が済んだんだな、さあ出発だという「今」という時があった。

巡礼記を書き終わった頃、私は何度も棚上げにしてあった問題に気づいた。
それは「祈り」だった。
そして突然「サダナ」とか言う言葉が私の前に出てきた。私の学生の時からの課題は「西と東を重ね合わせて新しい波を作ること」だった。
ドイツ文学を選んだのもそのため、ヨーロッパに遊学したのもそのため、私の生活そのものが西と東の融合を目指していた。
サダナに出会ったのがこんなに遅いとは不思議なくらいだ。

サダナでは久しぶりに素直になって良い経験が出来たと思う。
サダナの中で知ったヴィパッサナーにひどく惹かれた。
インドに本部が在るらしいのでそっちへ行こうかと思ったが一寸モティヴェーションが足りなかったので京都に行く事にした。

京都では10日間1日10時間の無言の瞑想を行った。
お釈迦様ご自身の悟りの方法が教えられている。
座るという形からして分かっていない、10分も座っているとしびれてくる。
どの形が良いのか質問したけどその内わかってくるとかいわれ ああでもない、こうでもない、と苦しみを逃れんための七転八倒。
まるで座れていなかった。

瞑想と瞑想の間に講話が在る。
しかし瞑想に入っての雑念のすごさには恐れ入った。
10日間、100時間のうち、雑念が消えたのは一瞬ぐらいだった、というのが正直なところだ。
後は睡魔。

最後の日に言われた事が、「家に帰ってから毎朝晩一時間づつ瞑想をするように」 だった。
心の中で「出来るわけ無いじゃん!」と笑ってしまっていたが。
ところが結局は帰ってきたその晩から今の今まで大まかに、本当にいい加減だが、一応続けてきて1年以上たった。

これはなんだったんだろう。

最初は続ける事が最大の課題だった。
ともかく座れと。
続けていれば何かが分かるだろうと。
座る形は だんだんきちんと収まってきた。
友人に瞑想布団とかいう小さな丸いクッションを教えてもらってから楽になった。

背筋をまっすぐにし、30分から1時間ぐらい不動で半跏趺坐。
しかし実を言うと私はベッドの上にクッションをおいて座っているのだから可なり柔らかい世界なのだ。
念のため。

ヴィパッサナーをきちんとやるとすると、頭の天辺から意識を身体中に這わせていく、各々持つ信仰があったとしたら、それをどけておいてやってください、といわれていた。
これは「自力の行である」と私は捉えて従った。
どうせ進んでゆけば、悟りの達するところも神との出会いと変らないはずだから、と。

啓示宗教になれていた、つまり「他力本願」になれていた私にはこの「自力本願」が新鮮だったのでこの切り口から行って見よう、と思っていた。

しかしであります、だんだん寂しくなってきたのです。
いわゆる祈りの姿勢なのにキリストがいない!

そんな時「キリスト教的瞑想法」の講演会が在るよ、と知らせが入る。
ローレンス・フリーマン神父。
彼とダライ・ラマが並んで座って話をしている写真で知っていた人だ。
ここ何十年我々の指導をしてきてくださったW・ジョンストン神父様がご病気なので友人である彼はお見舞いのために日本にいらっしゃる、このチャンスに世界中に広まっている彼の瞑想法を教えてもらおう、ということだった。
アイドルを追っかけるかのようにすっ飛んでいった。

「マントラの祈り」だった。
30分でいいと。

ここで私の瞑想は喜んで30分になり、「マラナタ」というマントラを取り入れ始めた。

声に出すべきか出さざるべきか、とか、マントラの言葉は「マラナタ」でなくてもいいのでは、とかいろいろ試してもみた。

しかし、またもやしかしであります。

これではない、と私はヴィパッサナーに戻ったり、「イエーズス」という呼吸法にうまく合う音声でやってみたり、何もせずボーっとしてみたり、すべてを混ぜたりして混沌に陥っていった。

タルチジオ・カンドゥーチというフランシスコ会の神父様と40年ぶりの再会のごとく電話で話す事が出来たのはその頃で、彼が私に言ってくれたのは「祈り?自然でいいのよ」。

それでゆり戻されたかのように安心してしまい、ますます気まま、自然で、混沌へ。

ヴィパッサナー友人が私のところへ何時も意外な何かを持ってくる。
ある時彼女は"メジュゴリエのマリア様”に関する本を持ってきた。
いわゆるマリア信仰は一寸苦手であった。
へヴィー過ぎる宗教臭さが苦手なのだ。
しかしいろいろな思惑、こだわりを捨てる事がいいだろう、と先ずは素直に受け入れることを最近心がけている。

そんなこんなで ”ロザリオの祈り”を瞑想の後に入れる時もある。
だらしなくなって、しまりがなくなったので、定番の祈りでシメているのかもしれない。

キリストがいなくて寂しいと、嘆いていた私だが、その後キリストと一緒に瞑想しているのだろうか?
いやいや、キリストを意識し始めてもやはり一緒にはいてくださらないのだ。
たまーに、あらっと気がついたときにちょっとご一緒してるかな、という気分ぐらい。
でも彼のための窓を開けておく、という状態がうれしい。

他力本願ですべてをお任せがやはり良しだ。
自力本願は無理だ。

マザーテレサが、
「何にも心配してません、すべて神様がやってくださいます」
と、おっしゃっていた。
これが理想。
しかしそう言える根拠が彼女にはある。私にはそれがかなり欠けている。
そこのところを見つけたくて座り続けている、と思う。
そう言える力を欲しくて座っていると思う。

そして何が無くてもこの時間は 「あなたのための時間」をとりました、だと思っている。

座っている時間以外の生活の変化があるようだ。
これが本当かしらと思うほどだ。
いってみれば、おこがましいが、神様の事を考えている、その関係の読書をしている、ことが多くなった。

そして生活に瞑想の2時間を組み入れるためには、何かしらを削らなくては時間が足りないのだ。
無駄を探して省いた。
そしたら可なり無駄が多かったらしくて、今は前よりゆったりと暮らしているみたいだ!?

あれから1年前と今では雑念が変化しているのだ。
前は頭の中で運動会をしているような有様だったが、今はもっと静かだ。
内容も具体的なことというよりは夢の中のような感じが増えている。
多分半分寝ているのかもしれない。ウン、寝ている。
去年作った句が「雑念と睡魔と汗や結跏趺坐」だったが、今もやっぱりそうだ。
変ったんだか変ってないんだか、怪しい。

”私のやり方” にはこだわっている。
美味しいとこ取りという。

そしてひたすら求めている。

混沌の海を漂って....。

(神奈川 60代 女性)