サダナのエクササイズに「イエスの御名の祈り」というのがあります。
イエスに呼びかけながら、感謝の心、願う心、賛美の心、信頼の心を込めて祈るのですが、その後、安らぎの中で今度は、イエスが私に呼びかけてくださいます。
さあ、何と呼んでくださっているのでしょうか。
耳を傾けます...復活された霊のお方ですから、人の言葉としては聞こえません。
でも、私の心を温め、励まし、呼びかけて下さっているのがはっきりわかります。
神は、このように生きて欲しいとの思いを込めて、私達一人ひとりに、その存在にふさわしい名を付けて下さいました。
例えばマリア(神に愛された者・高められた者)が、天使ガブリエルに「あなたはみごもって男の子を産むでしょう。
その名をイエス(神は救って下さる)とつけなさい」と言われたように。
また、シモンには教会の礎となるようにペトロ(岩)という名を与えられたように。
神が付けて下さった慈しみ深い名前、私のアイデンティティー、私の最も深い自己 を知ることは、戴いた生命をフルに生かしきる鍵を見つけるようなものだと思います。
そこにこそ、神からの力を最も深くくみ取ることができる生命の泉があるのですから。
サダナでは指導者のガイドに従って自分の過去を振り返ったり、イメージを使って祈ることによってイエスと親しくなるように導かれてゆきます。
このようなエクササイズを通して、そして日々の瞑想を通して、次第に私に向けられたイエスのまなざしに、私の深い自己に気づかされてゆきます。
神が私を造られる前から心に抱き、成長を楽しみにしながら付けて下さった「私固有の名前」は何でしょうか。
まだ人間言葉でピッタリくるものは見つかっていませんが、イエスがご受難を控えて約束して下さった「主の平和」とかかわりがある気がしています。
穏やかな、快い気のかたまりとなって、御声が聞こえてきます。
私は呼ばれるままにイエスの御前にぬかずきます。
主よ、私に何をお望みですか。
私の望みは あなたに呼ばれるままに「はい」とお答えすることです。
いただいた名をまとい生き生きと御旨を生きることです。
どうぞ 御声繁く呼びかけて下さい。
喜びのうちに 絶えず目覚めていられるように。
(神奈川 60代 女性)