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「愛する」一辺倒ではなく「大切にする」「大事にする」「尊ぶ」「重んじる」を併用して

イエスは、人類にとって未曾有の卓越した心の働きを表されました。
それは、自分を全くかえりみることなく相手の人に善が届くようにふるまうという心の働きです。
徹頭徹尾相手の人に善が達成されるように尽くす心の働きです。
それほどまでに、相手の人を、「大切にする」「大事にする」「尊ぶ」「重んじる」のです。
イエスのこの心の働きを伝えるべく本に書き表されたのが『福音書』ですが、その著者はこの心の働きを、「アガペー」(名詞)「アガパーン」(動詞)と発音することばで表しました。
日本において、この心の働きを十全に表現できることばは、存在しません。

明治以後の『福音書』の翻訳で、「愛」「愛する」が採用され、その後もこのことばが教会でも公用語として用いられています。
日本において現代では、「愛」「愛する」ということばが、その意味において徐々に深まりと聖性を得つつあります。
けれども、「アガペー」「アガパーン」という語で表現されるイエスの尊い心の働きは、日本の多数の人々に馴染まれているわけではありません。
それほど徹底的に相手の人の善を達成しようとする心の働きを、ことばにする機会は、めったに無いといえるでしょう。

「愛」「愛する」の語によって、心もとない仕方(たどたどしい仕方)でイエスのあの比類ない心の働きを表そうとするわけですが、それをむげに退けないまでも、いっそう、心に力強く響く言い回しを用いることと併用するほかは無いのです。

アガペーについて聖パウロは、
「忍耐強い。
情け深い。
ねたまない。
自慢せず、高ぶらない。
礼を失せず、自分の利益を求めず、いらだたず、恨みを抱かない。
不義を喜ばず、真実を喜ぶ。
すべてを忍び、すべてを信じ、すべてを望み、すべてに耐える」
と、捉えました。
(Ⅰコリント13章)

アガペーは、心情的にも暖かみと親切さを込めるとともに、強く意志的に相手を尊重しようとするものであることが解ります。
晩餐の席は、イエスがアガペーを表した時で、そのとき、弟子たちの足を洗われました。
ここでのふるまい方と心の態度には、弟子たちを「大切にする」のにとどまらず、その一人一人を「尊び重んじる」ことをしておられるのも知られます。
イエスが表してくださった真摯にして聖なる「相手尊重」「相手敬愛」の心の働きである「アガペー」「アガパーン」を、「愛」「愛する」ということばだけに頼りがちな私たちは、もっと生き生きした気付きを持たねばなりません。
「アガペー」「アガパーン」の〈やさしく包むような〉面は、「大切にする」「大事にする」という語が、日本人の心に深く沁み込みます。
情感・心情面が注ぎ込まれながら一生懸命に相対する心がとても良く表されます。
〈全霊を傾け意力を奮い起こしてそうする〉面は、「尊ぶ」「重んじる」の語によって補われます。
「大切にする」「大事にする」「尊ぶ」「重んじる」という四つの語の差異は次のようです。
――「大事にする」は、ふだんの日常性がもっとも濃いもの。
そして、頭での考えを伴いながらも、心情面で対象に結ばれる傾向は四つのうちもっとも大きい。
――「大切にする」は、「大事にする」よりも少々改まった心になっている。
頭の働きの度合いが少々増すけれども、「大事にする」同様心情面も濃さを宿している。
――「尊ぶ」は、もっとも改まったもので、それとともに心情面が減って、頭の働きの度合いが大いに増している。
――「重んじる」は、心情面の減少と頭の働きの増大が「尊ぶ」に近いけれど、「尊ぶ」が、相手を高い位置に評価する意識があるのに対して、これは、必ずしも高い位置への評価に限らず、重要性を評価して扱うということとなります。
福音の中のイエスが御父を、「アガペー」「アガパーン」するについては、「御父を尊ぶ」「御父の言葉を尊ぶ」「御父のみ旨を尊ぶ」というように表すのが相応しいでしょう。
私たちが、御父やイエスを「アガペー」「アガパーン」する場合でもこれが当てはまります。
また、神と直接的な関わりのある他の状況において、ときには「尊び大切にする」「大切にして重んじる」などという入念な表現がふさわしい場合もあることでしょう。
「愛」「愛する」ということばが、イエスの示された「アガペー」「アガパーン」を表すための代表に選ばれたわけですが、このことばに十分ないのちが吹き込まれる遠い道筋を辿る間、私たちは補いになる貴重なことばを生かすべきです。
私たちが、イエスの示された「アガペー」「アガパーン」を生き生きした思い(考え)で表そうとするときに、私たちの真情・真摯さがこもる「大切にする」「大事にする」「尊ぶ」「重んじる」という語で補おうとすることは不可欠です。