私たちは西日本霊性センターと連携しています。

サダナ東洋の瞑想とキリスト者の祈り

日本でのサダナのあゆみ

ミゲル・ラフォントS.J.

自己紹介
 1957年2月14日、私はスペインのアルカラ・デ・エナレスのイエズス会大学哲学科を卒業し40日間の船旅の後、神学生として横浜港に降り立った。
 1963年3月18日、東京の聖イグナチオ教会で、15人のイエズス会員の仲間とともに叙階された。
 1965年、司祭としての最初の司牧は社会的な分野だった。相互扶助の目的で共助組合を設立し、カトリックとプロテスタントの各小教区やキリスト教社会センターの中で、この活動が広まるようにと20年間働いた。
 バチカン公会議が終わって10年後頃の私は、神様への渇きを感じていながらも、どんなに神様を探しても、神様は私から遠く離れていた、という苦しい時期であった。
 1976年3月下旬、イエズス会のインド人アントニー・デ・メロ師の指導による7日間の霊操黙想に、40人のイエズス会員と一緒に参加するチャンスを得た。この体験によって私の祈り方は変わり、私にとって祈りは、楽でやり易く楽しいものになった。私の霊性的な生き方が変わり、私の新しい誕生になった。
 続いて1979年、インド・ロナブラのサダナ研究所でデ・メロ師の指導のもと、約3ヶ月間の「ミディ・サダナ・コース」に参加し、その後1984年6ヶ月間の「マキシ・サダナ・コース」に与った。

日本で広がるサダナ
1)サダナとはヒンドゥー語(サンスクリット語の影響を受けている)で、「目標を立てること」、「神への道」を意味する。もっと具体的に言えば、「自己を探る、道を歩む、導きを望む、」などを意味する。アントニー・デ・メロ師によるサダナ黙想は、聖イグナチオとキリスト教の霊性、東洋の霊性、現代心理学の三つが源泉となっている。サダナの目的は、人の内的自由を見出し、体と心と霊を統合させることであり、すべてのものの中に神を見て、神の中にすべてがあることを体験することである。加えて、祈りを深め、心の解放とキリスト者としての成熟、共同体メンバーとしての成長を目指す。体の感覚を意識する、音を意識するなどのエクササイズから始まり、自分の感情をよく意識し、想像を使って自分の中にある無意識の世界を知るよう訓練し、さらには霊の領域を体験するよう導く。知覚的な祈りから信心的な祈りを経て、観想の祈りに至る。講師とともに円陣を作って座り、指導を受けながら祈り、その体験を分かち合い、さらにきめ細かい指導を受ける。これによりあるがままの自分を知り、他の人の心の動きを知ることで、深いコミュニケーションが生まれる。

2)私は、日本人が一般的に、「忙しい人」であることに気づき、現代の日本人に合うプログラムを作ることに努めた。そのためサダナ黙想を6段階に分けた。すなわち、
①導入コース「自己を知る」
 ・4日間で24時間。または毎回2時間で6ヶ月間15セッション。
 テーマ:生き生きと喜びのある人生を送るために。よりよい人間関係を育てるために。
②「サダナI」
 ・3日間で18時間。
 テーマ:祈りを深める。神との出会い。心の解放。
③「サダナⅡ」
 ・4日間で24時間。(さらに祈りの体験を続けたい方のために)
 テーマ:感情を意識する。
④「サダナⅢ」
 ・3日間のグループ・セラピーコース。
⑤「ダイアリーサダナ」

 ・4日間で24時間。(サダナI・Ⅱに2回ずつ参加し更なる成長を望む方のために)
 テーマ:沈黙のうちに自分の生涯を観察し、神から頂いた宝を見出す。
⑥「8日間の霊操とサダナI、またはサダナⅡ」
(霊操にサダナのエクササイズを取り入れ各黙想を無理なく易しく祈るため)

3)黙想方法としては、指導者がエクササイズごとに初めに説明し、それを実践後、体験を分かち合う。分かち合いは全て自由で強制しないが、分かち合うことによって、更に具体的にきめ細かい指導が出来る。これは大いに発言者自身のためになり、また他の参加者の参考になる。分かち合い重視はサダナの特徴の一つである。

1976年から2003年までの日本でのサダナの歩み

サダナに惹き付けられた私を振り返ってみて
 私は、サダナの体験によって霊的に、また人間的にずいぶん変わり成長したと思っている。私からサダナ運動を起こそうと考えたことはなかった。聖霊は、サダナのためにグループを作るよう、リーダーたちに働きかけ、彼らによって私は引っ張られたように思う。リーダーたちの動きによって、徐々に私自身はどのような道を通るべきかを示されたように思う。
 サダナは、私自身にとって共助組合のリーダーを育てるため、また教会のリーダー養成のために大きな影響を及ぼした。また霊性と司牧的な分野で働くための力になった。
 あるとき、イエズス会日本管区のある副管区長は、私がサダナを指導することを止めさせようとした。しかし不思議なことに彼の計画はうまく行かなかった。その後の管区長たち(池長管区長・現大阪教区大司教やニコラス管区長・現イエズス会総長)によって、私はサダナの指導を続けられるように支えられていた。特に、サダナと東洋の霊性の尊さを感じていたニコラス管区長は、私をいつも励ましてくれた。
 サダナを指導することは、実に楽しい仕事である。私は、人はサダナによって人間として完成されていくと確信している。聖霊が、私を道具として使っておられることに気づき驚きを感じる。多分私に与られた賜物は、サダナを指導することであるかも知れない。

日本でのサダナ・ネットワーク

札幌 田村師と林師。聖ベネディクト修道院のシスター久保、シスター斎藤、シスター上田、殉教者聖ゲオルギオのフランシスコ修道会のシスター永田淑子。
東京 高橋美枝。
長野 長野則子。
大阪 ご受難観想修道会のシスタージェンマ。
福山 援助マリア修道会のシスター藤岡蔦枝、シスター上田靖子。
広島 高橋要順。
下関 大住雅子、塩谷朋子。

サダナ・ネットワークと私
 先ず私は、サダナ・ネットワークの方々に心から深く感謝している。ネットワークは、サダナの力によって、誕生し成長して来たと思う。この37年間の日本のサダナの歴史のなかで、その誕生、成長、変化を振り返ってみるとき、まさしく聖霊の働きを実感する。自然に誕生し、力強く大きくなってきたことに気づき驚いている。サダナ・ネットワークのメンバーはそれぞれ、熱心で率先して活発に広報しようと望んでいた。私はある程度抵抗を感じながら彼らに従うこととなったが、私は、一所懸命サダナ黙想を指導することで満足感がある。彼らは、私が主導権を持つことを期待しているかも知れないが、ネットワークがあまり組織化しなくても、各チームが無理なくしっかり存在していれば十分だろう。彼らは、ちょうどサダナ黙想の時の円陣のように、いつどこにいても私とともに輪を作り、私を信頼してくれている。
この37年間の私とサダナ・ネットワークの関係を振り返ってみた時、薄明かりのイメージが二つ、溢れて来た。
 ひとつは、『荒波が海岸の険しい黒岩にぶつかっている。その岩の上で、飛び散る荒波の白い泡を浴びながら海を見つめて立っている私。』
 二つ目は、『細い綱で引っ張られている小船がある。誰が引っ張っているのかわからない。しかしその小船の上でしっかり立って海を眺めている私。』
 どちらも私は、恐れや不安を感じることなく海に向かって立っている。

西日本霊性センター
 2004年4月、イエズス会日本管区長・松本神父は、私を長束黙想の家の責任者として任命し、その中に霊性センターを新設することとなった。霊性センターの役割としては、広島教区と協力しながら信徒のためのプログラムを作ることであり、また霊性センターのプログラムの中にサダナ黙想を入れるよう指示があった。
 イエズス会日本管区は、長束を管区の霊的な発生地として位置づけている。一番古い建物は1938年、第二次世界大戦前に建設されている。1945年8月6日広島の町に原子爆弾が投下されたとき修練院の建物は幾分の損壊を受ける程度に留まったので、聖堂は急ごしらえの救護所となった。後のイエズス会総長・アルペ神父以下、イエズス会員は救護にあたり、多数の被災者を受け入れた。アルペ神父は、長束修道院で約10年間過ごし、修練長や共同体院長の役目を果たした。
 サダナは、西日本霊性センターの中のおもだったプログラムの一つである。サダナ黙想は2004年まで、各地で12~15人のグループのために開いていたが、近年は、広島教区と協力しながら、30~40人の信徒のために「祈りの体験コース」を開いている。日本の信徒のほとんどは数日間宿泊して黙想することが出来ず、夕方には必ず自宅に戻らなければならないという現状に対応し、集まりやすい中央の小教区で土曜日10時から午後4時までの2年間12回コースとして、広島、岡山、山口の各地区で、信者養成チームの企画で行われている。この活動を通して、西日本霊性センターと広島教区は、信徒の霊性的な渇きに答えようとしている。
 2009年当センターは、森剛さん、森脇三枝子さんとともにチームを組みホーム・ページを開設し一般公開している。
 2005年から、霊性センターの中で森脇三枝子さんを中心に「月曜日祈り会」を開いている。祈りの体験をより多くの人と分かち合うために他の小教区を訪問し、2009年から2013年まで既に7小教区を訪問し、ともに祈り分かち合っている。

未来に向かって日本中に広がるサダナ
 2004年から関東在住のイエズス会員植栗彌神父は、サダナ黙想に何回も参加し、その後しばらくの間、私を手伝って一緒に指導した。2007年に彼は、関東のサダナ・チームをつくり、2009年7月、サダナのホーム・ページを開設し一般公開した。
 2008年、植栗神父は研修のためインドに渡り、デ・メロ師が設立したロナブラのサダナ研究所で、約3ヶ月間のミディ・サダナと10日間のヴィパッサナ瞑想に参加した。
 現在、サダナ・ネットワークの力に支えられて、関東を中心に毎年25回位サダナ黙想を開催している。今後もサダナ・ネットワークと植栗神父のグループにより、サダナ黙想が、全国で広がり続けることだろう。サダナ・ネットワークには、信徒・修道者・司祭が互いに協働する理想の教会の姿があるように思う。

希望と願い
 私は、キリスト教の霊性と東洋の霊性が融合することによって、双方の霊性が豊かになることを期待している。この豊かさは、日本をはじめアジアの国々で古くからおこなわれている、ヴィパッサナ、禅、ヨーガなどの伝統的修行法や瞑想法などから会得される東洋の霊性と、イグナチオの霊操によって育まれるキリスト者の霊性によるところが大きい、と私は感じている。
 サダナによる黙想は、先にも述べたように、まさに東洋の瞑想とキリスト者の祈りを融合させた上に心理学も取り入れたものである。

 この黙想による祈りの訓練によって、日常生活の中で神との深い交わりの体験を見出し、イエス・キリストとともにある信仰生活の喜びを数多くの人が味わうことができるようにと願ってやまない。