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サダナ東洋の瞑想とキリスト者の祈り

私のサダナ記念日~黙想体験から~

【41】サダナに参加して-4

 『妙高でサダナをするから参加してみない?』 信頼する友人のひと言により、都合も省みず、参加することを先ず決めてしまった。さて、どんな体験になるのだろうか? 
 体の各部の感覚を感じ取るエクササイズの後の、聴覚を使ったエクササイズでは、初めての体験をした。体全体が音につつまれており、その音を体各部の肌の表面で感じ、肌が聴いているというような感覚。不思議に思いつつ、体験をそのまま皆に話したが、後で植栗神父さんが、解りやすく説明してくれた。こういった適切な指導・助言を個人的に受けられることを、本当にありがたいと実感した瞬間だ。参加者一人ひとりは、サダナを通じて、各々オリジナルの体験をしてゆくので、型通りの対応ではこうはいかない。一人ひとりを常に心にとめ、見ていてくれるからこそ、ベストのタイミングで必要な言葉、助言をもらえるのだ。
 また、とても楽しかったのは、イメージをつかったエクササイズだ。自分には苦手かと思っていたが、やってみると思ってもなかったイメージが湧いてきて楽しくなってくる。初めての参加なので、フレッシュな実感を大切にしようと意識していた。今回の参加でサダナの内容を知り、慣れてしまえば、次からは似たような実感になってしまうだろうと予想できたからだ。ところが、他の参加者が、何度も参加して同じエクササイズをしているが、毎回ちがったイメージになるという分かちあいをしてくれて、驚きと共にうれしくも感じた。これもサダナの魅力なのだろう。
 加えて書いておきたいことがある。各エクササイズの間に、お茶や食事の時間があり、皆さんと話をする機会が多いのだが、話す度に親しくなってゆくのを感じる。それも、楽しくおしゃべりできる友人としてではなく、なにか通じるものがある友人として。互いの思いやりも感じて、冗談を言って笑う時間がとても豊かで愛おしい。子供のころ、親たちのいるお茶の間で、一緒になって笑っていた安心感が、ここにはあるのだ。互いをとても大切に感じられる安心感が。
 今、自宅に帰り、ひとり静かに座ってみる。感覚のエクササイズを行うと、サダナの日々にまた帰ったような静けさに入ってゆける。皆で静かに歌った歌が心に浮かび、口ずさんだりする。私の中で、まだサダナは続いているのだ。
 今回、エクササイズを通して思いがけない自分とも出会ったわけだが、次回からも参加する度に、また新たな自分、神様との出会いがあると思うと、心が浮き立つような期待と喜びを強く感じる。その出会いまでの間、生活の中で、今回教えてもらったサダナとつきあってゆくことにしよう。

(愛知県 40代 男性)

 

 

 

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