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サダナ東洋の瞑想とキリスト者の祈り

私のサダナ記念日

【14】神様が呼んでくださる私の名前

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 サダナに出会い、何度か参加する中で私が感じた手ごたえは、セッションを通して主と触れ合う中で「神様に創造された本来の心の回復」が行われている、というものです。
 五感を使って味わうようにイエス様をリアルに見、聴き、触れ、関係を強める事によって、荒廃した大地に少しずつ緑が戻るように、生命の回復が促進されているように思います。
 サダナⅡの「イエスの御名の祈り」というセッションの中で、体験した事を書きます。
「まずはこちらから、感謝、願い、信頼等の心を込めて主の御名を呼んで下さい。」
という神父様のガイドに従い、まず主のお名前を呼びました。
「主イエス」(一緒に居させて下さい)
「主イエス」(もう罪を犯してあなたを悲しませたくありません)
「主イエス」(弱い私を助けて下さい)
「主イエス」(あなたが満ちておられるから、私は安らいでいます)
「主イエス」(賛美します)
 言葉は「主イエス」だけなのですが、そこに色々な思いを込めて唱えました。
「次に、唱えることを止め、安らぎを味わって下さい。」
 沈黙のうちに復活のイエス様を思い、ご臨在をじっくり味わいました。
 すると、イエス様がゆったりとのびやかな様子で、大きな海の上におられるイメージが現れてきました。波の打ち寄せる静かな音には、主の平安が溶け込んでいるようでした。
 イエス様も私も、何もせず黙っていましたが、ただ一緒にいるだけで、心はとても穏やかでした。
 何か気のきいた事を言ったり、無理をしたりしなくていい。身体をコルセットでぎゅうぎゅう締め付けるような、威圧感、息苦しさが一切ない。そんなイエス様の前で、私は心からリラックスして自由でした。
「次は、イエス様があなたを何と呼んでおられるかを、聴いて下さい。」
「何て呼ばれるんだろう?」とわくわくして耳を澄ましていましたが、直接声は聞こえませんでした。
 ただ、目の前の大海が私の方に押し寄せて来、イエス様の、海のような豊穣さ、広さ、制限されない自由さ、あるがままの自然な美しさが入ってきました。
 そして、こんな事を言われているような感じがしました。
「あなたの中にはこの海のような自由と自然さがあったのに、世の様々な事にとらわれて、すっかり自分をガチガチに縛ってしまいましたね。まずは、大きな枷から自分を解放してあげなさい。そうしたら、今度は小さな枷に苦しむ人々が自由を取り戻すのを、ちょっとだけ手伝ってあげられるようになる」
*****
 現在まだ、神様に創造された「名前」を捜し求める旅の途上にあります。
ですが、あの時海のイメージに現れたイエス様の在りようの美しさは、確実にこの旅の道標となっています。私もあんな風に、人を心の底からのびのびとさせる人になりたい! と思いながら日々生きています。
(東京 30代 女性)

 

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