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サダナ東洋の瞑想とキリスト者の祈り

私のサダナ記念日

【11】変えられた信仰態度

 生れた時から熱心なカトリック信者の家庭の中で、神の存在は疑うべくもなく、だからこそ一方では これは悪、これをしたら罪と、裁きを恐れながらの生き方だったと思います。善い事をする勧めよりも、悪い事をしないで、地獄に行かない様にと言う事を真剣に考えていたと思います。 家庭の中で、教育の中で、教会の中で長年教えられ、真の自由や尊厳、優しさ、愛等は、今考えると どこに置いてあったのでしょう!
 サダナと言う耳新しいグループの集いに出会ったのは40才位の頃でした。初めは好奇心の体験と、指導司祭の何とも言えない人柄に魅かれてでしたが、数回目にして、私の信じるキリストに魂は完全に出会い、その体験は愛しているのでなく愛されている。それも条件なし、今の私がそのままで自由に。特別な善を成さずとも生きているだけで!
 サダナの考えられた1つのゲームの様な中で、確実にイエスと1つになったその喜び、嬉しさは考えられない程 私を自由にし、希望は消えることなく続いています。
「主の喜びは私の喜び、私の喜びは主の喜び」の確信こそが、サダナに依る神との一致の恵みであると叫びたいと思います。  (東京 60才代 女性)


 

 

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