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サダナ東洋の瞑想とキリスト者の祈り

私のサダナ記念日

【8】初めのサダナを振り返って

 初めてサダナⅠに参加したのは、今からちょうど20年前のことでした。「東洋の瞑想とキリスト者の祈り」を読んで自分なりにやってはいたものの、サダナの場で実際に想像の祈りに入るのにはかなり苦労した記憶があります。
 それでも、そのときの一つの祈りを今でも鮮明に思い出します。それは、美術館で自分の彫刻を見つけるというセッションでした。美術館中、歩いて歩いてようやく見つけたのは、彫刻と言うよりも、台の上に白い砂粒がこんもりとなだらかな山をなしているものでした。その頃は、人間関係ですっかり打ち砕かれて、粉々になっていた時でしたので、見てすぐに、「これは私だ」とわかりました。その砂の山は、小さな砂粒が光を受けてキラキラと光っていました。その中に入り込むと、イエス様が私を見つけて近づいて来られます。私の前に来ると、右手で砂をすくい上げ、指の間からサラサラと落として言われました。「これはいい。思いどおりに作り変えることができる。」イエス様が去られた後、なだらかだった砂の山は、手でつかんだ後が残って、デコボコになっていました。私はそれを見て「前の方が良かったのにー」と思っていました。それは、作り変えられることに抵抗を感じていたからなのかも知れません。
 あれから20年、Ⅰ・Ⅱ・Ⅲ・ダイアリーと合わせて10回のサダナにあずかりましたが、なぜかこの初回の記録だけは処分してしまって手もとに残っていません。でも、今振り返ってみると、確かに、主のお望みどおりに作り変えられてきた年月ではなかったかと思います。
 美術館の想像の祈りは、私のお気に入りの一つで、節目の度にやってみます。その中では、無意識の中の「今の私」が彫刻にあらわれます。驚くほど意外で、しかも妙に納得できる姿が。そして何よりもうれしいのは、生身の私が、そこでイエス様と出会えることです。イエス様は「今の私」を全面的に肯定してくださり、その上で、次のステップへと招いてくださいます。想像の中であっても、それは私にとっての真実です。
 「サダナ」という祈り方を知り得たことに、とても感謝しています。

(北海道 50代 女性)

 

 

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