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サダナ東洋の瞑想とキリスト者の祈り

体(呼吸)と祈り

【26】習熟する(3)-感覚に意識を開き切ることからの広がりー

―呼吸するとき出入りする空気を触覚と嗅覚で感じ取る積み重ね。
―身体表面の各部を感じ取る積み重ね。
―それに、とくに、音の世界への感覚の開放。
 以上の積み重ねは、「私の住む領域(世界)」を広げます。今まで見落としていたことや、今まで拒んできたことをも感じ取るわけです。
 いま、とくに、音を聴くという冥想に注目してみましょう。聴覚に集中するうちに、次のことに、気付きます――聴こうとして来なかった分野・領域がとても広いのだと。「音をすべて聴こう」と心がけるところから、心の広さが拡大すると感じられるのです。
 生きて行く人生において自分は、感覚する可能性を広げようとする鍛錬を通しても、心の狭さを抜け出せるのだと知ります。「ありのまま」を突き詰め感じ取ろうとすることの貴重さです。
 自分が「判っていて」安心感を持っていた領域から抜け出ること――頭ではかなりそれに励むものですが、感覚領域についてはどうでしょう?――感覚領域においてさえ、未知なところへと自分を向かわせるわけです。
 知らず知らず狭小化させていた「世界への自分の意識」に対して、呼吸の営みにおいても広がりが。また、体を感じ取ることにおいても、広がりが。さらに、音声が織り成す“音世界”においても、広がりが得られてきます。
以前の他の項目においてもすでに述べたように、この広がりは、囚われの無さ、自由さ、清らかさ、爽やかさと、関わり合いながら、自分の中に成就するものです。
 このような広がり・開きは、貴重です。この広がり・開きは、そこから、かならずや“神様の広さ”の体験を自分に招いてくれることでしょう。

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