私たちは西日本霊性センターと連携しています。

サダナ東洋の瞑想とキリスト者の祈り

体(呼吸)と祈り

【24】習熟する(1)―体の構えと呼吸において―

 このホームページに示される歩みにおいては、各自が、時間を十分にとって冥想しています。
 そのようにして土台から積み重ねることは、自分を幸いな成長へと推し進めてくれます。
 このコーナーで最初の段階から努めた方法は、長い努力とともに、すぐれた在り方へと辿り着きます。長い努力とともに、辿り着く在り方をまとめることをしてみましょう。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
 体のよい構えを意図的に構えることから出発しました。
 座布なり台なりに腰をおろし、上半身をまっすぐに立て、胸も開いて、静止する――力の入れ所はただ一ケ所です。すなわち、腰骨をキュっと立てるために筋肉を使うところだけ力を入れています。この筋肉の用い方だけが、座っている間中絶やされることなく、続けられます。
 腰骨を立てるためにしっかり力を入れている以外は、体中の力がまったく抜けます。リラックスしています。体が伸ばされてまっすぐに立てられていますが、楽な感じです。時間が長くなれば、この構えの良さが際立って感じられてきます。長い時間続けていても、疲れにくいのです。他の姿勢よりも楽になっている自分を見出します。「形に入って」行くのですが、到達するところには、自由さがあります。
 呼吸としては、鼻の先端の内側および上唇のところで空気の流れを感じようとするところから始めました。その後、呼吸の仕方を幾つか変えて努めました。このように、呼吸を丁寧に扱うことを積み重ねましたので、呼吸が滑らかになりました。段差がつかない感じで、しかも、大きさや深さも自然に増しています(吐くことを重んじて、無理無いながらも吐き切るようにしています)。それらは、正しい体の構え方にも助けられています。
 丁寧な呼吸を目指す度に、体と意識に爽やかな感じが加わります。また、心の落ち着き・平和さ・伸びやかさも伴います。
 体と一体化することに長じましたし、呼吸と一体化することに長じましたので、雑念も少なくなります。
 まだ信仰心と直接結び付けていない段階で以上のように、自分の尊い面が伸びているのを見出せることでしょう。ですから、日々、「また十分な長さ坐りたい」と思うようになります。
 暮らしの中にあっても、いろいろな局面で、自分の整いと良さとが保持され易いです。さらには、心が騒ぐような場合や、心が乱れるような場合に、体の構えと呼吸を意識しなおすことで、あるべき自分を取り戻すことができます。
 長い間の鍛錬の実りです。

INDEXに戻る>