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サダナ東洋の瞑想とキリスト者の祈り

体(呼吸)と祈り

【23】歩く冥想(歩行冥想)(3)

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  歩行冥想の境地をさらに、深め(高め)ます。
 意識がおへその辺りに降りて、無念無想でまったくくつろぎ、リズムを得られるまでになったでしょうか? そして、地面(床)に対する足裏の継続的な感覚変化も、体の多くの部分の感覚も感じ取れているでしょうか?
 ここから、心の深みを目指しましょう。
 今までだらんと棒のように下げていた両腕は、胸の前で両手を組むようにします。具体的には、右手を軽く握り、それを左手で柔らかく包むように組みます。この際、肩に力がいささかも入らないように努めます。(だらんと下げていれば力が抜けるのに対して、両腕がこのように上がると、じきに肩に力が入る傾向になりますから、注意しましょう。)
 この段階で、呼吸を歩行のリズムに合わせることを取り込みましょう。きわめてゆっくりした足の運びですが、それに合わせて呼吸の一往復も、足の一往復と合致させましょう。ゆっくり長く吸って、その間に片側の足の「着」「圧」「蹴」「離」が遂行されます。引き続きゆっくり長く吐いて、その間に別の足の「着」「圧」「蹴」「離」を遂行します。
 以上の間、頭の中の思いや考えはまったく排除されています。ただ呼吸と足の動きを関連づけるため、また体の諸部分を感じ取るために、意識の10パーセントほどが使われています。残りの90パーセントほどは、呼吸や体の諸部分の感覚の感じ取りに向けられます。
 こうして、目に入る情景は、心の中に反応を生じさせません。心は、外界と全くつながらないあり方になります。
 以上のあり方で、歩行をずっと繰り返して行きましょう。
静かな安らぎのうちに、すばらしく深まった心が恵まれます。
 こうして、内心の尊い静まりと深まりを恵まれたなら、頭に、信仰の思念を徐々に取り入れることが可能になります。信仰の思念と神様との対話を、営むことができ、聖なる思いを、保ち続けることができます。座して静止し、観想する際に恵まれる深みと豊かさにひけを取らない、心の深みと豊かさを持ち続けることができるのです。 (腰を低い台に下ろして座る形から、腰部だけに力を入れて立つ形へ変化――。また、身動きなしに静止するあり方から、脚部の筋肉をリズムを持たせて動かすあり方へ変化――。こういうあり方において、静止して座す冥想の仕方に決してひけをとらない聖なる境地が恵まれます。)

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