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サダナ東洋の瞑想とキリスト者の祈り

体(呼吸)と祈り

10】耳の感覚による冥想(音を聴く)

 耳という体の器官が、導いてくれる冥想の深みを目指してみます。
まず、姿勢を整えます。その後、頭を空にし、何も思わず何も考えません。
そして、耳に届いてくるすべての音を聴きます。好悪を感じないようにして、すべて受け取ります。頭に雑念が湧いたら、また心に感情が湧いたら、それに気付くや否や、すぐに感覚の感じ取りだけに戻ります。
 身近なところからの音、遠い彼方からの音、その半ばからの音、すべての音を聴きます。
 「あれは、何の音」「これは、何の音」というような、知性的理解に向かわないようにします。ただ、音声を音声としてだけ聴きます。
 ただ、音声を音声としてだけ聴けば、不思議に、「うるさい」「不快だ」「落ち着けない」などという感じが減ります。そして、さらに、心を音に開きましょう。「きらいだ」「逃げたい」などと思わないで、どの音もありのまま受け止めることを続けましょう。
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 人が生かされている場の感覚が広がります。ふだん自分が生きている場の感じ取りが、どれほど部分的な偏りの中にあるか感じてきます。
 無数の“いのち”が営まれています。際限無い種類の“いのち”が営まれており、私という人生は、その際限無き“いのち”の只中で、息づいています。
 そして、それらのすべての“いのち”と微妙な関わりにある私の“いのち”です。
“いのち”の新しい感じ取り――そこから、神秘的な世界に導かれる可能性も待っています。

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