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サダナ東洋の瞑想とキリスト者の祈り

【10】自分の人生史を見つめて祈るー1(肯定的な体験の面)

 心静かに虚心に自分の人生を振り返ります。
 私が人生において体験して来たことを思い起こします。ここで見つめようとするのは、肯定的な体験の数々です。
 受けた教育の中で――良い教科内容が提供されたことに喜べることがあるでしょう。あるいは、先生の私を世話してくれた心づくしに感動できることも幾つか思い浮かぶでしょう。
 親が私にしてくれたことで――“感動もの”の心づくしが幾つか思い出せるでしょう。自分が病気になった際のことでしょうか? 成長の節目にあたっていた時ではどうだったでしょうか? 日々の衣食住のことについてでも見逃せないことがあったでしょう。
 友人と共にしたことでは――暮らしの励みになったことは幾つも幾つも思い出されるのではないでしょうか? または、ほんとうに助けられた経験も幾つかあったことでしょう。
 そのような、良い体験が生じたことの陰に、神様のはからいがあったことを、沈着に敬虔に思い巡らします。
 感謝の心になることでしょう。また、神様の深く大きな愛が感じられて来ることでしょう。さらに、祈りを神様の大きな愛への感動から、それにお応えすることができるように願うところまで進みましょう。
 上のような肯定的な良い体験は、たくさんの良い条件が揃っていたことを前提にしています。いわば、良い条件の裾野に高く盛り上がった丘のような事柄だったのです。
 “盛り上がる丘”として目立つ肯定的な体験だけに注目するのでなくても、実は、平常の私がスムースにとどこおりなく人生を歩んで行けるそのこと自体にも、神様のおはからいが溢れています。
 健康でいられるのにも、神様の支えが届いています。社会の営為の中で、自分の役割が保たれ、収入が得られたり、家族がまとまって居られたり、自分を成長させられたりできることも、神様のおはからいと支えとを前提としています。
 感謝の心をすなおに神様にお届けしましょう。さらに、神様の愛にお答えできるように祈りましょう。

 

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